では、行ってきます。
またバタバタしました。反省。
月曜日の深夜、明日は燃えないゴミ日だから夜のうちにゴミを出しておこうと思って、はたと考え込んだ。この格好でゴミ出しに行っていいのか? ぼくのそのときの格好は、まあパジャマだ。ゆったりしたズボンに、これまたゆったりした上着。お風呂を行ったところだったので、そのまま寝てしまってもいいような格好だった。
もちろん、パジャマのまま外に出て、エレベータで6階から1階に降り、エントランスから5メートルほど先にあるゴミ置き場にゴミを出してもいいだろう。しかし、誰かにあったらどうする? もしエレベータの中で鉢合わせたら? 相手は仕事帰りでスーツ。ぼくは寝る5分前のパジャマ+もしゃもしゃ髪、片手にゴミ袋。これはちょっと恥ずかしいかも~。妙齢の女性と会ってしまったりしたら最悪だ。全身くまなく観察されて、クスっと笑われたらぼくは立ち直れないかもしれない。
いろいろな妄想を働かせた結果、ぼくはパジャマの上にグレーのカーディガンを羽織ってゴミを出した。カーディガンの前ボタンを留めてしまえば、まあ、近くに寄らなければパジャマとはわからないだろう。運良く、誰とも会わなかったし。もう少し寒くなれば、パジャマの上にコートを着てしまえば問題ない。ゴミ出しファッションとしては完璧だ。
パジャマもそろそろゴミ出しを意識すべきじゃないだろうか。快適な睡眠だけでなく、ゴミ出しにも対応。パジャマなのにベルトを締めなくちゃダメで、上着のボタンは首までキュッと留めることできる。でもベッドに入ると快適。そんなパジャマがあればいいのに。ゴミ出しはOKだが、コンビニに行くのはためらうような絶妙の部屋着をたくさん作っているユニクロに期待したい。
数日前の記事で「鼻セレブ」を買ったことを書いたけど、結局あまり使っていない。風邪がすぐに治ってしまったんだ。ぼくの風邪はいつも鼻水が数日続き、そのあと咳が1週間から10日続く。鼻セレブはその鼻期間にいるだろうと思って買ったんだけど、ほとんど使っていない。鼻期間、咳期間ともピークは1日で、3日もすると体は楽になった。
風邪が早く治ったのはラベンダーの精油のおかげかもしれない。体がおかしいと思った日には寝る前に精油を手のひらに1~2滴取り、耳の後ろと首になじませる。豊かな芳香に体全体が包まれる。順応性の高い鼻はすぐにラベンダーの香りに慣れてしまうが、ベッドに入ったあとも浮遊感を伴ううっとりした気分は続き、静かに寝入ることができる。そして眠りは深い。
本棚にあった『ラベンダーのすべて』という書籍によると、ラベンダーの精油は時差ぼけから不眠症、頭痛、高血圧、疲労、水疱瘡、擦り傷、水虫などさまざまなトラブルに効果があるという。「仔猫のトイレのしつけ」にも役立つというではないか。
今度の旅行ではラベンダー精油の小瓶をスーツケースに入れていこうと思う。疲労がたまってきたら、バスタブにお湯を張り、精油を1~2滴落として湯船につかる。海外の仕事で緊張した体と心、頭を解きほぐしてくれるだろう。
旅行前にすべきことは多いが、最も楽しいのは持っていく本を選ぶことだ。仕事の出張だと実際は忙しくて読む時間があまりないかもしれない。でも飛行機に乗っているときは時間がたっぷりあるし、ホテルで寝る前に気に入った本のページをめくるのは心を落ち着かせる行為だ。ぼくはどんなに疲れていても本を開き、文字を目で追ってからでないと気持ちよく眠れない。ベッドに入ってすぐに電気を消すと、なにか怖い夢を見るような気がするんだ。
旅に持っていくのはどのような本がいいのか。ぼくの選択基準を書いてみたい。
・難しすぎる本はいかがだろうか。頭を使わずにさらっと読めるのがいい。
・長編小説もいいけど、面白くてついつい読みすぎてしまうことがある。小説なら適当な長さの章立てになっているほうがいい。もしくは短編集。むかし、長編のミステリー小説を持っていったら、毎晩遅くまで読んでしまい、寝不足のまま外国の町をふらふらした思い出がある。
・当たり、はずれを考えてタイプの違う本を持っていく。少し前の旅行では、欧米の科学読み物で同じ作者の本を3冊ほど持っていった。しかし、1冊目の数ページを読んだだけで、はずれを確信。途中で読むのをやめてしまった。本の主題がわかってしまった上に、他の本の主題も同じであることが予想できてしまったからだ。実際には全然別の主題かもしれないが、その作者に対する熱意が冷めてしまった。あの本を再び手にするときは来るだろうか。
・時間がなくてこれまで読むことがなかった本にも注意。これまでその本を読まなかったのは時間がないだけではなくて、何か別の理由があるはず。旅先に持っていっても気が進まず、開くことがないかもしれない。重い本を飛行機で往復させるだけになる。
ぼくにとって旅先の読書でもっとも幸福なのは、旅先とは関係がない本を読んでいるのに、ふと本の中で旅先への言及があるときだ。偶然に主人公がその町を訪ねたり、お母さんの出身地がその町であったりしたことがわかったとき。関係なく持ってきた本なのに宿命を感じてしまう。今度の旅行ではミステリーの短編となにかドキュメント、それに気が向けば長編小説を持っていこうかと思っている。旅先で充実した読書ができますように(もちろん、仕事の充実もね)。
閉店間際に飛び込んだスーパーで手早く買い物を済ませて、川沿いの遊歩道を少し早足に歩いた。いつの間にかはく息が白くなっている。川沿いにはぼくが住んでいる町の恒例となっているクリスマスの電飾の準備が始まっている。夏祭りには長野で養殖したホタルを放流して、近隣の人たちを楽しませている川だ。今年は友人たちとホタルを見た。
川の両岸を結んでいる電飾はまだ点灯していない。電気が通されるのは例年通りなら12月1日。それが24日、25日まで点灯していると思う。あれ、31日までかな?
簡単な電飾だけど川面に映る様子は美しい。毎年、点灯しはじめのころは見惚れる。12月になると友達を家に呼びたくなるのは、この電飾を見てもらいたいというのが理由のひとつだ。電飾を見に来ない?と誘うと期待されすぎるかもしれない。そこまで立派な電飾ではない。ちらっと見て、心の中で少し感嘆してもらえれば十分だ。
大人になると美しいものを見つけても、立ち止まってじっくり見られないのが残念だ。子供のように一心に眺めていたい。
新しい服を着るのは楽しい。初めて腕を通すとき、袖は少し硬く、侵入を拒むようだ。慎重に腕を進めていく。はじめは自分が服に着られている感じがするが、体温が生地に移るにしたがって体に沿い始め、自在に動かせるようになる。かといって生地にしわがよることはなく、パリッとした感触が気持ちいい。ぼくは新しい服を着るといつも背筋を伸ばしてしまう。
もちろん新しい服を着ていることは人にはわからない。同じようなスーツを何着か持っている。新しい服とはいえ、それを見破るのは無理だろう。しかし、ぼくは違う。ハンガーにかけてあったスーツを手に取る。着古したスーツとは異なる生硬さに新しさを確認する。しわにならないよう不自然な方向に腕を曲げながら、リズムをつけて羽織る。誰にも気づかれず新しい服を着るのは、ぼくのひそやかな楽しみだ。
だいだい、ブログってなんやねん。日記と違うんか。気取りやがって。その日、ぼくは荒れていた。良かれと思って開設したブログだったが、苦労ばかりでぜんぜんみてもらえない。そのうちに投稿するねたも枯れてきた。
ねたがなくなることほど、気分が悪いことはない。働いていても、ご飯を食べていても、電車に乗っていても、いつもねた探しだ。人と話をしてもねたを盗むことに必死。みっともないったらありゃしない。ぼくのねた探しは完全にどん詰まりになっていた。ブログが放置されるのも時間の問題だった。
ちょいちょい、きみきみ。「私は自分の“分身”こそブログだと思っています」。そんなときに現れたのがブログの妖精でした。「もしゃ★もしゃくん、ブログを見れば、そのブログを作っている人がどんな人間なのかすぐにわかってしまうのです」 いやー、そんなことないでしょ。単なる日記ですよ。
「もしゃ★もしゃくん、そのブログを見て“この人おもしろい!”と思った人が、コメントという形で、私の分身であるブログに話しかけてきて、コミュニケーションが広がる」 コミュニケーションか……。ぼくは自分ひとりでブログを作っている気になっていたかも。
「もしゃ★もしゃくん、この分身を使った新しいコミュニケーションこそが、ブログを作り、続けていくうえでの最高の楽しみなのです」 最高の楽しみ!やっぱり楽しくないと続かないですよね。コミュニケーションからねたも広がる。そんなコミュニケーションを生むブログはどう作ればいいでしょうか。妖精さんは1冊の本をそっと差し出すのです。そして『できる ブログ』がいまぼくの手元に。
ピンポーン。ドアチャイムの音で胃が縮小するのがわかる。呼吸が浅くなり、心臓の鼓動が少し速くなる。体の変調を感じながら、宅急便の配達はないはず、新聞の集金は来たばかりと頭で確認し、居留守か、ドアを開けるかを決める。今日は居留守だ。
ピンポーン。もう1度鳴った。ぼくが住むマンションは意外に壁が厚く、玄関から一番奥の部屋にいれば、その物音がドアの外まで聞こえることはない。テレビ、オーディオもつけていない。それでも息を潜める。もう1度チャイムが鳴ったら、宅急便の急な配達かもしれない。いつものもしゃ髪&パジャマだが出るしかないだろう。
チャイムは鳴らず、未確認人物はいってしまったようだ。これで同じフロアの別の部屋のチャイムが鳴っているのが聞こえれば、セールスの可能性が高い。ドアを開けなかった自分の判断の正しさににんまりできるのだが、別の部屋のチャイムが聞こえることはなかった。
居留守をすると少しだけすまない気持ちになる。勝手に訪ねてきたのは向こうだし、目的は新聞のセールスや宗教の勧誘だ。しかし、来客は来客。ドア越しに話をして帰ってもらった方が親切だったのかもといつも思う。でも、実際はドア越しに話をしてもなかなか帰ってくれないんだよね。先週の読売新聞にも苦労した。オートロックでドアホン付きの部屋に引っ越せば解決する問題なんだろうけど、それまでぼくは息を潜めるという非日常のしぐさと付き合うことになる。
コンビニでティッシュを買おうとして「鼻セレブ」を見つける。見た瞬間から笑いが止まらなくなる。右手に持ってなんとかレジに差し出すが、「鼻セレブ」と書いてある面をみると、吹き出すかもと心配して妙な格好で差し出した。
箱の裏面をみると、
ネピア「鼻・肌セレブシリーズ」は、ネピア独自の「ダブル保湿」によって、いつもしっとりやわらか。デリケートなお肌はもちろん、風邪や花粉症でお悩みの方にも最適です。一度試したら忘れられない、この鼻ざわり。さぁ、あなたも今日から「鼻セレブ」です。
とある。なんだ、鼻ざわりって。さぁ、って勢い付けられても。ぶひーと勢いよく鼻をかめということか。
思うに「鼻セレブ」の名称を最初に思いついた人はかなり喜んだんじゃないか。ティッシュがもっとも気を使う鼻と高級感あふれる語感のセレブを組み合わせる。これだ!とひざでも叩いたかもしれない。そんな小躍り感が伝わってくる名称だ、鼻セレブは。この小躍りに巻き込まれて、会社の上層部も製造をゆるしちゃったのかも。まともな状態なら、きみきみ、おもしろいけど、いかがなものかとなるはずだ。
顔のパーツの中で鼻ほど貶められている存在はない。目は人の感情を表し、眉毛は利発さの象徴、口は話す、食べるなど多様な役割を与えられている。一方、鼻は目に見えない臭いをかぐだけの地味な存在だ。しかも、目からは涙が出るが、鼻からは鼻汁。美しさとの隔たりはかなり大きい。
鼻セレブを開発した人は、そんな鼻に光を当てようとしている。目や口がいくらえらそうにしていても、鼻水がしたり落ちる状態では集中力はゼロだ。そんなとき人の意識は顔の中心にある鼻にいく。そう鼻は顔のパーツの中のセレブなんだ。鼻に栄光を! こんなことを思ったのかはもちろんわからないが、開発した人は毎日、鼻のことを考えているんだろう。
きょうは、ikakiuchiと生後を開会された。
きょうシャンボールがここへプロフィールみたいなテストするはずだったみたい。
ikakiuchiは、
高校のとき、文化祭の開会式で学生がマイクを手に「あーあーマイクタイソン、マイクタ
電車の中で新聞をどのように読むかはぼくにとって長年の問題だ。朝寝坊なので家に届いた朝刊を通勤の電車に持ち込むことが多い。電車内でざーと見出しと記事をチェックするのが日課。新聞は広げるとかなり大きい。座席に座っていても、立っていても両手で紙面を広げることは難しい。どうしても両隣の人にあたってしまう。
そこで新聞を小さく折りたたんで読むことになる。ぼくの場合は新聞を閉じた状態で垂直に折り目をつけて、たたんでしまう。こう折ればページをめくってもさほど広がることがなく、迷惑にはならない。電車が込んでいるときにはさらに水平方向に折り目をつけて4分の1の面積になるようにたたむ。朝の電車のなかではぼくと同じように新聞を折々して読んでいる人をよく見かける。電車内の新聞の読み方については独自の考えを持つ人も多いだろう。
しかし、あれですね。新聞を折々して読んでいることほど、貧相なことはないですね。ぜんぜんさまにならない。狭い電車内でいかに効率的に新聞を読むかなんて、どうでもいいことかもしれないのに。ぼくたちは妙に知恵を使ってしまう。そんなことを考えなくちゃいけない貧しい通勤環境がいやですね。
自分たちの貧相さに愛想が尽きたのか、英国では新聞をタブロイド版で発行する例が増えているという。タイムズなんか、11月からタブロイド版に完全に移行してしまったそうだ。長い記事は不要、コンパクトな記事をさくっと読みたいという読者のニーズがあるのかもしれない。ぼくもタブロイド版の新聞を電車の中で読むことがあるけど、やっぱり折々して読んじゃうんですよね。貧相さは生まれついたものかもしれない。
ぼくの最も幸せな新聞の読み方は天気のいい休日、朝ごはんを食べたあとにテーブルに大きく新聞を広げて読むことですね。コーヒーでもすすりながら、今日はどうしようかと相談しながら。
また、宅急便のお兄さんに起こされる。お昼12時に荷物を届けに来ることが前もってわかっているのに、起きれたためしがない。いつもパジャマ&もしゃ髪&寝ぼけ顔で玄関のドアを開ける。
さらに今日は枕元にあるはずのメガネが見つからなかった。ドアチャイムに起こされ、あたふたと体を起こしたはいいものの、メガネがない! もう一度、チャイムが鳴った。急いでドアを開けなければお兄さんは帰っちゃうだろう。再配達の手配をするのは面倒だ。ぼんやりしか見えない目で、部屋のあちこちにぶつかりながら玄関に急ぎ、ドアを開けた。
お兄さんは、ぼくがはんこを手にしていないことを悟ったのか、こちらにサインをといった。とはいっても渡された用紙のどこにサインをすればいいのかよくわからない。こっちは寝起き&視力0.1以下だ。見えるわけがない。鼻に触れるくらい用紙を近づけて何とかサインをする。
受け取ったのはA4大のダンボール。通販生活で注文した「お湿りマスク」。ほんとはこんな名前じゃないけど、意味は伝わると思う。夜寝るときに着けると、一晩中マスクから水分が出て、のどの乾燥を防いでくれる。12月の出張時に飛行機やホテルで使おうと思っている。のどの乾燥は風の元だ。今年は風邪を引くことはない、と大きな期待をしている。
Recent Comments